漫画の感想の置き場
『カブのイサキ』は人間のサイズはそのままに、地面の大きさだけが10倍になった世界を描いた漫画です。土地が10倍になったということは家と家、町と町との距離が10倍になったということで、『カブのイサキ』の世界では小型飛行機が現実世界のトラックのような交通手段として普及しています。
主人公のイサキ、カジカ、シロさんは同じ町に住んでいるご近所さんで、シロさんは自前の飛行機カブを使った運送屋を副業として営んでおり、イサキとカジカがたまに手伝うという、ただそれだけの漫画です。
人口密度が下がって、生活圏の中での人間とのかかわりが少し薄くなりつつ
移動距離が長くなったことで一人の時間が増えつつ
飛行機の発着上などの人が集まるところではヒコーキ乗り達との出会い諍いありなどなど
毎話毎話、イサキたちが運送仕事の途中で立ち寄った休憩所や飯屋や、巨大サイズに変貌した構造物などの風景を、鈍行列車で旅行しているような気分で見れる、そんな漫画です。
常に霧のような靄のようなとろっとした空気が漂っていて、早朝だか夕暮れだかふしぎな浮遊感・荒涼感があります。
作者の芦奈野ひとし先生は鶴田謙二先生が好きとのことで、『冒険エレキテ島』とかに似た風情を感じます。
で、そんな小旅行感覚のまったり加減が気持ちいいってことに加えてもう一個、私が『カブのイサキ』について特に良いなと思うことがあって
それは作中の時間・物事の流れが自分の漫画を読むスピードにあっているように感じるってところなんす。
イサキたちの生きている世界の時間軸と、私の生きている現実世界の時間軸が、ちょうど同じ速さで進んでいるような、そんな感覚がするというか
この絵の一コマの中でイサキたちが感じている時間の流れと同じ速さのそれを、私の頭の中で想像できている感じがするというか
私は本を読むスピードがかなり遅くて、漫画を読むときであれば絵とオノマトペから得た情報を脳内で処理して、アニメのように動いている様子を想像する基本的なプロセスにかなり時間がかかるというか、とにかく情報処理能力がショボイんです。インターネットエクスプローラみたいな感じです。
臨場感のあるバトルものとかレースものとか、なんだか実際の速度や迫力を自分の脳内で想像構築する前に次のコマ(次の動作)が迫ってきて、上手く臨場することができないことがよくあるんです。
ドラゴンボールとかナルトとか、動きが素早くかつ手数が多い描写なんかはものすごく乗り遅れてる感、私がテンポに乗りきれずもたっている感じがしてならないのです。特に戦闘シーンにカンフーアクション的な体術が散りばめられている作品、およそ常人にはできなさそうなアクロバティックな動きをする『ドロヘドロ』の二階堂とか、かっこいいなと思う一方で少し困惑してしまいます。
空中で回転運動を加え、攻撃態勢を整えて膝蹴り、ゆっくり読めばどんな動きをしているのかわかるんですが、きっと漫画の中の二階堂は私が想像を完了させるより早く次の攻撃に移ってしまっていると思うんですよ。
アニメ化が決まった『ワールドトリガー』も大好きなんですが、バトルシーンが立体的というか三次元的というか、どういう動きで敵と相対しているのかよくわからない場面がたまにあります。
このコマはまだいいんですが、最近では角つきの敵に対して数人編成のチームで市街戦をしていて、なかなか情報処理がおっつかないシーンが増えてきました。
なので、アニメ化でその辺が動く映像でわかりやすく見れるというのは、とてもありがたいことです。
最近、恥ずかしながら『頭文字D』を初めて読んでとても面白いなと思ってコツコツと読み進めているのですが、峠のダウンヒルでのスピード感、バトルの緊迫感を自分の脳内で作り上げるのがけっこう大変で、一話読むだけで体力使ってしまうんす。
一コマ一コマに詰め込まれたスピードの情報、主人公・拓海の一瞬の変速だとかブレーキの加減だとかを処理しようとするととても時間がかかって、せっかくのデッドヒートが私の脳内でチョロQスピードになってしまいそうでもったいない気がするんす。作中のスピード感についていくために、対戦車の葛藤の内容とか、観覧者の解説とかテクニック的なことはちゃんと理解しないままに、「なんかすげぇ神がかりなテクだったらしいぞ!」ぐらいに流してとりあえず次のコマに移って行ってしまうんす。あまり車に詳しくないということを含めても、『頭文字D』特に最初の方はいろいろ語ってくれて内容が詰まっているのにそんな読み方でいいのかと、少し悩んでいます。
濃密な漫画も読んでてめっさ面白いんですが、たまに自分の処理能力を超えた情報が流れてきてわからなくなったりしてしまいます。もっといえば、その物語の中にいる登場人物たちの生きる時間はすさまじい勢いで流れていて、自分のような鈍牛にはおよそ渡りきれない激流の中を生きているのではないかと、嫉妬のような憧れのような妙な気持ちになったりします。拓海の助手席に座って気絶したガソリンスタンドのおっさんみたいな気持ちです。
拓海の生きている世界が私を置き去りに進んでいく感じがします。
『カブのイサキ』は一コマ一コマに描かれた動きが非常にゆっくりで、かつ読んでいる私のいる時間軸と同じ速さで世界が進んでいるような、そんなちょうど良さがってすごくうれしいです。内容がまったりしているから読むスピードもゆっくりめに抑えられるし、とりあえず、とても自分の読書スピードにあっているような、嬉しさがあります。
会話の口数、情報量も無理せず受け入れられる容量なので、抵抗なくすんなりと読めます。
飛行機の速度なんて想像できんのかよと言われれば困りますが、『カブのイサキ』を読んでいる時には、なんかできている気がするんですよ。
漫画のコマの中の飛行機の速さが、自分が頭の中で動かしてみた飛行機の速さとそんなに変わらない感じ、少なくとも自分の方が遅いと感じることはないんです。
漫画を読むときの動体視力的な何かがしょぼい私にとって、そのことが非常にうれしく、私はこの漫画がすごく好きなのです。
どうでもいいことですが細目の書き方も好きです。一本線じゃなくて瞼と瞼が融合しかけてる感じ、わずかに黒目がチラリズムする感じがとても良いです。
芦奈野ひとし先生は現在『コトノハドライブ』を連載中でこれもとても良く、前作の『ヨコハマ買い出し紀行』もそのうち読んでみたいと思います。
プロフィール
カテゴリー
最新記事
P R