漫画の感想の置き場
『異法人』を読んで思ったことは、それなりのバックグラウンドをもって説明された思想には、それを伴わないものに比べて強い説得力を持つということ
それが悪にせよ正義にせよ、当人の人生経験の積み重ねによって紡がれた精神には強靭な力があるなぁと、思いました。
思想だけを見れば狂っているんだけどその発生過程を見れば筋が通っていて納得できる。
自分が生きる上で都合が悪いというだけで異様に見えてしまうキャラ・思想ってたまにいるよなぁって思ったので、そんな感じのことを思いついた漫画について幾つか追記を
グッドアフタヌーンで連載中、太田モアレ先生の『鉄風』は少し変わったスポーツ漫画で
並外れた身体能力・運動神経を持つヒロインはどんなスポーツもすぐにマスターしてしまい、大会に出ればさっさと優勝をしてしまう。何でもできてしまう彼女は高校生らしく試合で敗け、「敗北感」に涙する普通の青春を味わうことを渇望するようになります。
そしてその願望がいつしか捻じ曲がって苛立ちに変わり、中途半端な実力で楽しく青春を味わっているスポーツ少女を完膚無きに打ち負かして絶望させることを望むようになります。
このヒロインは決して性格が悪いわけではなく休み時間などは友達と一緒に談笑しながらお弁当を食べたりする普通の女子高生なのですが、もって生まれた身体能力と周囲からの妬み嫉みにさらされた経験から、スポーツに関してのみ異常な歪みを抱えているのです。
彼女の思考は一見異常なのだけれど、試合の相手だけでなく味方からすら向けられる嫉妬交じりの敵意の目に、生まれた時からずっとさらされてきたことを考えると、その思想に納得してしまうんですよね。間違っているとは、彼女にとって第三者に過ぎない、凡庸な私にはどうしても言えない。むしろ賛同し、彼女に感情移入して読んでしまっています。
一方ヒロインのライバルにあたる馬渡ゆず子というキャラは、天真爛漫、純粋に格闘技を愛する健康少女なんですが
彼女についてはバックグラウンドがほとんど明かされておらず、何故そんなにも格闘技を楽しめているのか、何故そんなにも明るく振舞っていられるのか、特に説明がされていないんですよね。ただただそういう女の子だと、言われてるだけなんす。
ヒロインと全く思考回路が違うにもかかわらずその細部が見えてこないのが、どうも気持ち悪くて不気味で、ヒロイン側に感情移入してしまっている私には理解しづらいんです。馬渡ゆず子の生態については、その人生経験による裏打ちもモノローグも何もない、理解しようにも手がかりがないんす。
他の漫画に出ていたら好感度の高そうなキャラクターなんですが、『鉄風』という世界の中では、私はこのキャラがとても苦手です。
悪い人には悪くなる理由・過去があったわけで、それはその人物の人間性を説明してくれて、悪の理論が根拠ある力強いものに感じられる。一方正義には正義である理由を説明する必要って特になくて、正義そのものが正当性を持つので、バックグラウンドとか今の考えに至るまでの経緯とかって、無くても当然なんですよね。普通に生きていれば人間は善良に育つし、正義の人になるはずなので、発想の根拠を必要としないんです。電化製品の初期設定のような感じですね
それでも漫画を読むうえで、正義と悪の話を読むうえで、私はどちらにもバックグラウンドがあってほしいと感じます。正義にしろ悪にしろ、その道を進むに至った経緯を過去を説明してほしいと、めんどくさい読者だなぁと思います
善悪の両者がそれぞれに、人生経験に基づいた確固たる信念を持って戦ってる話として、雷句誠先生の『どうぶつの国』はすごいなぁって思いました。
主人公のタロウザは全ての動物の鳴き声を理解することができる人間で、草食動物が肉食動物に捕食する断末魔を聞き悲しみ、全ての動物が殺し合うことなく仲良く生きることのできる世界を作ろうとします。肉食動物でも食べれる木の実を開発し、世界中に声を発信する装置を使って全ての動物に意思を伝えようとします。『どうぶつの国』は赤ん坊のタロウザがタヌキに拾われるところから物語が始まっているので、タロウザの味わってきた苦しみも、そこから生じた行動のモチベーションも正義の理由も、全て納得できます。
敵キャラのギラーは、タロウザと同じく動物の声を理解する能力を持っているのですが、動物を救わんとするタロウザとは全く違う思想を抱いています。物語の最終局面でタロウザと真っ向から対立し、世界を破壊し動物をすべて殺そうとする悪キャラなんですが、彼の発想もまたバックグラウンドに基づいていて、とても納得のいくものなんですよね。
ギラーは幼少期、その能力を買われてテレビ番組に出演し、天才少年として名をはせ家庭に莫大な資産をもたらしました。
しかしブームの過ぎた頃収入源を失ったギラー家は困窮する。最愛の母は病死し、父親もギラーに恨み言をいうばかりで愛情を向けることなど忘れており、ついにギラーは父親を刺し殺そうとします。刺されてからしばらく息のあった父は自分の死期を悟り、最後の最後で息子への感謝と愛の言葉を残して息を引き取ります。
この経験からギラーは「死の瞬間にのみ動物は救われ、幸せになれるのだ」と考えるようになり、禁断の巨大生物を復活させて星を丸ごと破壊しようと目論むのです。
『どうぶつの国』の善悪の戦いは、どちらもその思想に確かなバックグラウンドが存在して、説得力をもった論理のぶつかり合いになって読者に何が正しいのかを考えさせる構造になっているのが、すげぇ良いです
また戦いの勝敗が力によるものではなく、最終的には考えを相手に伝えることで決着がついたのが素晴らしいと思うんですよね。
アニメ『スレイヤーズTRY』にでてきたヴァルガーヴは古代竜の末裔で、かつて一族を皆殺しにされ迫害を受けたことを恨んで黄金竜の長老を殺害するんだけど、黄金竜と古代竜の真実を知った後罪悪感に苛まれ、いろいろあって世界浄化・再生を目論みます。彼の行為は世界の残酷さに絶望した人間が、精一杯考えた上で絞り出した苦渋の策で誰にも責めることのできないような説得力を持っていました。それに対してヒロインのリナ・インバースは死にたくねぇって一心でヴァルガーヴを倒していて、それがスレイヤーズの良いところでもあるんだけど特に論争の決着はつかないまま話が終わっています。
『スレイヤーズTRY』はすごく好きなアニメで、ヴァルガーヴもリナ・インバースもそれぞれにバックグラウンドを伴った確固たる思想をぶつけ合っていたのだけれど、ちょっと納得いかなかったなぁ
正義の主人公が振りかざすのは、がっちりと固められた悪を打ち負かすほどの芯の通った正義であってほしいし、それらは善悪関係なしにバックグラウンドに基づいた人生観であってほしいんですよね。『異法人』の言葉を借りれば「命を刻み込んだ法」をぶつけ合ってほしいんす。上手くまとまりませんね。
一巻は燃えるような赤髪のアカ、綺麗な青のアオ
二巻は少しくすんだ赤紫のアカ、闇に囲まれて鮮やかさを失った黒っぽいアオ
三巻は青と赤が混じり合った紫がかったアカ、一巻より落ち着いていて二巻より鮮やかな青のアオ
って感じで、なんか青と赤で示唆に富んでるなぁなんてワクワクしましたよ。
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