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魍魎拳

漫画の感想の置き場

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不良を不良に追いやる不良:『湘南爆走族』『天使のはらわた』



吉田聡先生の『湘南爆走族』を読み直して大層感動したので、その話です。



『湘南爆走族』は手芸とバイクが大好きな主人公・江口洋助が神奈川最強のレーシング暴走族「湘南爆走族」の二代目総長に任命されて、学校と手芸部と族、それぞれの仲間たちとすったもんだ暴れまわる、ギャグが主体の青春漫画です。


族の総長としての江口君は周囲のツッパリに対して絶大な影響力を持っていて、道を歩けば他校の不良から挨拶され、ガンを飛ばせば半端な不良は逃げまどい、喧嘩をすればどんな人数さもものともしない、まさに「最強の不良」です。


一方で仲間内での江口君は、互いに茶化し合う対等な関係を築いていて、強い信頼関係にある。族の総長というより普通のヤンチャな高校生男子で、なんというかめちゃくちゃ良い人です。


そして彼には手芸という非常にフェミニンな趣味があって、唯一の男子部員として穏やかな女子生徒に囲まれてチクチクとパッチワークに励むという、平和的な一面があります。手芸部員は皆江口君の優しさを知っているし、またヤンチャないたずら小僧としての一面も知っているので、非常にぞんざいな態度で江口君と接します。クラスの男子に対するそれより、ややひどいくらいのラフさで、手芸部員と江口君は楽しく文化祭の準備にいそしんだりするのです。


 


しかし彼は放課後にはバイクにまたがり、すさまじいスピードで公道を駆け抜けて街を騒音で包む、『湘南爆走族』の総長としての姿を現します。「湘南爆走族」の総長である時、彼が手芸部部長としての顔をのぞかせることはなく、また手芸部で編み物をしている時、彼は「湘南爆走族」の総長としての顔を見せることはありません。


 


江口君を含め湘南爆走族のメンバーは、日常生活ではただのヤンチャな男子高校生で、その実は非常にやさしい人物ばかりです。彼らは悪に手を染めることに積極的ではないし、社会や体制に対する不満もない。ただ自分たちの好きなように生きたいという意思表示としてツッパリスタイルをとっています。人に迷惑をかけたいわけではなく、悪いことやってる俺強いみたいな意識もない。ただバイクが好きで、爆走するのが好きで、やりたいことをやった結果、社会にとって迷惑な存在になってしまった。そんな印象があります。


 


彼らは決して悪ではない、しかし生き方を世間から認めえもらえず、不良というレッテルがつくようになった。『湘南爆走族』に登場する不良たちはみな悪とは呼べない、善良と認めてもらえなかった人々であって、暴力的な思想で他を威嚇しようとする人間はほとんどいません。基本的にみんなやりたいことやってるだけで、行き場のない怒りを爆発させたりはしないのです


 


しかし彼らは不良であり、神奈川最強の暴走族です。


受動的にではありますが、血で血を洗う抗争に巻き込まれることもあるし、時に暴力をふるいます。暴走族として暴力的な争いに参加している時の彼らは、あまり楽しそうではありません。


 





不良漫画、例えば『WORST』や『クローバー』なんかは敵との抗争となると、なんというか運動会的なムードが生まれるというか、彼らはとにかく湧き上がる衝動赴くままに暴力を発散しまくります。タイマンの際も特にセリフが入ることもなく、カンフーアクション的に肉体的優劣のみが描かれ、最終的勝敗がつくまでそれが連続していく。すごく暴力的なんだけど、どこかレクリエーション感があるというか、天下一武道会のような明るさがあります。どっちがつおいか、ただそれだけを争うシンプルな物語です。不良漫画というより、不良が主人公のバトル漫画としての色が強いように思います。


 


しかし『湘南爆走族』の中で起きる族間の抗争は、強い悲壮感に彩られています。お祭り感もレクリエーション感もない。この悲壮感の原因は何か。


 


暴走族・ブラッディヒールと湘南爆走族の抗争は非常に暴力的なつぶし合いになりました。ブラッディ―ヒールは初代総長がケガを理由に失踪、副総長の火影が実質的なリーダーとして指揮を執っているチームです。初代総長の恋人紅子さんと火影くんはリーダー不在のなか族を何とか守ろうと懸命になるあまり、隣接するエリアの暴走族を次々に襲撃し、勢力を拡大することでチームを維持するようになります。野心が暴力的な勢力拡大を引き起こしたのではなく、チームへの愛と弱肉強食の不良社会への恐れが、彼らを悪の方向に導いていったのだと思います。


 


特に副総長の火影くんの、極端に暴力に傾いた発言はとても印象的でした。


 


彼の考え方は不良としては正しいものです。しかし、これは自分の行動を正当化するために不良社会の文化を引用しているだけであって、心からそう思っているようには、真に悪の心を持っている人間の発言には、どうにも見えないのです。不良なのに善良な心を持っている湘爆、地獄の軍団のメンバーを火影くんは全面的に否定します。これは彼が自分の暴力性を肯定し、折れない心を保つため、自己防衛の叫びのように見えます。


 


暴力をふるいたく不良になったわけではない、自分のチームの勢力を拡大したくて暴走族に入っているわけではない、誰かを力で支配したいわけでもない。彼らは単にバカやるのが好きで、社会に適合することができなくて、何となく集まった単車好きの人たちであって、そんな人間が「暴走は暴力だ」などと考えるようになるとは思えない。火影くんは自分のチームを守るために暴力による勢力拡大を正当化せねばならず、こういわざるを得ない立場にあったのです。火影くんや紅子さんが無理に粋がるたび、そんな葛藤がビシビシと伝わって生きて辛みが増す。


 


不良とみなされた以上不良としての強い意志と力を示し続けなければ、彼らは生きていけない。彼らの生きている世界は、本当に苛酷だと思います。


 


不良であるがゆえに力を維持しなければならない、そのためには残酷・暴力的な精神も必要となってくる。不良文化は彼らに残虐さを強要しかねない。不良として生きていく以上、彼らは不良的暴力的方向にしか、進むことを許されていないのです。


 


ナメられたら負け、引いたら示しがつかない、族というブランドを守る、誰かの遺志を継ぐ…これらの要素は不良たちを思いもよらないほど過激な選択に誘導していって、彼らに不要な勇気を与えてしまいます。また不良社会に足を踏み入れた以上、彼らはそれに従わなければならず、戻り道も別の選択肢も見えなくなる、絶対的一本道を作り出すのです。






 


この返し刃構造というか、後戻りできない弁のような不良社会の風習が大惨事につながってしまう例として『天使のはらわた』の主人公の人生は典型的です。彼はかなりの悪ガキで学校にも通わずに強盗まがいの犯罪に手を染め、時には強姦すらやっちまう糞野郎なんですが、妹・恵子の間では絶対にその姿を見せません。


カツアゲや強盗を繰り返し、父の残して借金を返済、生活費と妹の学費まで捻出する、ある意味かなりの働き者です。妹には悪の道に進んでほしくない、ちゃんと学校に通わせて良い人生を送らせてやりたいと願う、良い兄ちゃんでもあるのです。しかし彼の築き上げた不良としての実績と、彼を取り巻く環境は彼を更なる不良の道へと追い込んでいきます。


 


ある日彼はとある女子高生に一目ぼれをするのですが、その女子高生が自分の仲間に犯されそうになっているのを止めてしまったことで、仲間から不信を買ってしまいます。仲間たちは主人公が妹の手前いい子ぶっていると批判し、仲間の替わりにお前が彼女を犯して見せろと、強要します。そして不良集団のリーダー格として、彼はその仲間の要望を拒否できない。犯さざるを得ない。


 


そして主人公が女子高生を襲ったところから、彼の人生は悪の道へと拍車をかけて進んでいきます。女子高生の父親が復讐のために主人公の妹に暴力をふるい、また父親の口から、女子高生がかつて強盗に母を殺され、かつ強姦されるという辛い過去を抱えていることを知り、強い精神的ダメージを二発同時に受けてしまいます。


 


 


主人公は深い罪悪感に苛まれ、暴行された妹を連れて帰る途中に、苛立ちのあまり、うっかり私服警官に暴力を振るって逃亡してしまいます。


 


悩んだ末に自首を決意した主人公は女子高生にしっかりと謝罪してから警察に出向こうとしたのですが、道中またしてもうっかりヤクザともめ事を起こし、正当防衛でヤクザを殺してしまい、殺人の現行犯で逮捕されてしまいます。懲役五年の刑を食らった彼は身寄りのない妹を残して刑務所へ入れられてしまいます。


 


 


 


5年の服役を経て娑婆の世界に返ってきた彼は、殺人経験ありという凄みを買われて犯罪集団の用心棒として雇われ食い扶持をつなぎます。


 


そんな彼がある日、投獄以降音信不通となっていた妹と偶然再会します。妹には暴力の世界に入ってほしくないという彼の思いに反して、妹はスケバングループの番としてどっぷりと不良に育ってしまいました。身寄りを無くして収入を失った彼女は生きるために不良になり、学校も辞めてしまっていたのです。この時の主人公の悲しみは想像を絶するものがあります。彼は自分の守りたいものを、不良社会によって次々に壊されていったのです。


 


出所後に妹と一緒にすき焼きを食べる主人公


 


たとえ自分が本当にやりたいと思っていなくても他人からたきつけられたら、やるしかない。拍を見せなければなめられ貶され、良いように使われてしまう。不良社会とは恐ろしい実力主義社会で、サイクルを早めるためか常時このようなふるいがかけられます。数々の試練を乗り越えることができれば、彼らは不良社会の頂点にたどり着くことができるのかもしれません。主人公は不良社会の暴力至高主義に押し流され数々の暴力行為に手を染め、多くの人間的な財産を失いました。


 


実力主義の弱肉強食の風習が、暴力に積極的でない不良までも暴力的な方向へと押しやり、彼らは自分のふるう暴力と優しい精神に挟まれて、時折非常に悲しそうな表情を見せます。


それは私の一番好きな不良の表情です。


 


 


不良漫画への評価として「管理社会への反抗」とかそんな言葉が使われているのをよく見ますが、『湘南爆走族』も『天使のはらわた』も、どちらも「管理社会への反抗」に焦点を当てた物語ではありません。彼らが反抗心を示しているのは管理社会などという大きな枠組みではなく、彼らが生きる不良社会の風習に対してだと思うのです。


 


不良とか自分とは違う生態を持つ生き物に対して軽々しく共通点を見出して、自分に近しい存在とみなす行為は危険だぞいとか、以前異生物に関する記事で書いてしまっているのですが、ここで触れたのは『湘南爆走族』ほかいくつかの作品に登場するフィクション的な不良についてなので、大きく矛盾してはいないのではないかと、自分では思っています。不良の生き方や行動指針に共感することはありませんが、感動することはあります。それはかっこいい動物を見たときのそれと同じものなんだと思います。


 


 


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